小正月、二十日正月は日本の正月を彩る伝統的な行事であり、それぞれが新年の始まりを祝う独自の方法と深い文化的意味を持っています。小正月は1月15日に祝われ、日本各地で様々な地域色豊かな祭りや風習が行われます。続いて1月20日の二十日正月は、正月の祝い納めの日として、または仕事始めの日として古くから重要視されてきました。そして二十日正月には様々な別名があり、骨正月はその一つです。
これらの行事は、日本の長い歴史と独特な風土の中で育まれたものであり、今日まで受け継がれてきた日本の年中行事の豊かさを示しています。このブログ記事では、小正月、二十日正月、骨正月のそれぞれの起源、意味、そして現代における祝い方について深く掘り下げていきます。日本の新年の伝統を垣間見る旅に、どうぞお付き合いください。
小正月(こしょうがつ)とは
小正月は、現代では家族や地域コミュニティで静かに祝われることが多いです。伝統的な食べ物を楽しんだり、地域によっては小正月に特有の祭りや儀式が行われることもあります。この日は、新年の始まりを祝い、家族や友人との絆を深める大切な機会とされています。
小正月はいつ祝う?
小正月は、日本の伝統的な正月祝いの一つで、主に1月15日に行われます。ただし、地域によっては14日から16日までの3日間や、14日の日没から15日の日没まで、さらには満月の日や元日から15日までの15日間として祝うこともあります。
なぜ小正月は二十日にあるのか、大正月との関係
小正月がある理由は、旧暦に関係しています。本来は旧暦に基づいていましたが、明治時代の改暦により現在では小正月は新暦の1月15日に祝われることが一般的です。大正月(1月1日から7日まで)に対して、この時期を小正月と称します。
大正月と小正月の対比
大正月が年神や祖霊を迎える行事が多いのに対し、小正月は豊作祈願や家庭的な行事が中心です。松の内に忙しかった主婦をねぎらうために「女正月」と呼ばれる地方もあります。男性が女性の代わりに家事を行う地方もあります。
小正月の別名、女正月
小正月は正月期間の終わりを意味し、他にも「小年(こどし)」、「二番正月」、「若年」、「女正月(おんなしょうがつ)」、「花正月」とも呼ばれます。一部地域では「返り正月」や「戻り正月」とも称されています。
小正月の由来:中国からの影響
小正月の起源は、中国式の太陰太陽暦が導入される前、満月の日を月初としていた名残と考えられています。六朝時代の歳時記『荊楚歳時記』には、正月十五日に豆糜(とうび)を作り、油膏(ゆこう)を加えて門戸を祀る習慣が記されています。また、この日には紫姑(しこ)を迎えて、将来の蚕桑(さんそう)を占うという風習もあったそうです。
小正月にやること
この小正月にやることについてです。
松の内と小正月
古くから、小正月までが松の内とされ、門松を飾っていました。しかし、江戸時代に徳川幕府の命により、1月7日の大正月までと定められました。この変更は関東地方に限られ、他の地域では広まりませんでした。
小正月にやること、小豆粥を食べる
小正月の朝には、小豆粥を食べる習慣があります。この粥は早朝に食べることから「あかつき粥」とも呼ばれ、小豆の色からは「紅調粥」や「さくら粥」とも呼ばれています。『土佐日記』や『枕草子』にもこの習慣が記されています。現在でも東北地方の農村などで、左義長の前に小豆粥を食べる習慣が残っています。
小正月にやること、豊作祈願
例えば、群馬県みどり市の小夜戸地区では、小正月に繭玉を作り養蚕の予祝を行ったり、農具のミニチュアを作って豊作を祈願します。これらの飾りは、豊作や家内の発展を願うために用いられます。
小正月と成人の日
元服の儀が小正月に行われたことから、1月15日はかつて成人の日でした。しかし、2000年からは成人の日が1月第2月曜日に変更され、小正月との関連が薄れました。
現代への保存・継承
2023年2月20日には、「保守団結の会」が小正月の1月15日を休日とする決議をまとめ、文部科学政務官に提出しました。これは、全国各地の祭りや年中行事を保存・継承するための試みです。
小正月にやること、どんど焼き
小正月には「左義長」(どんど焼き)、綱引き、粥占いなどの行事が行われます。これらは地域によって異なる特色を持っており、日本の豊かな文化を反映しています。
二十日正月とは
二十日正月(はつかしょうがつ)は、日本における正月の祝い納めの日で、1月20日にあたります。この日は、新年の季語としても知られ、地域によって異なる風習が存在します。西日本では正月納めの日とされ、東日本では仕事始めの日として捉えられることが多いです。
地域による様々な呼称
この日は地域によって「骨正月」「頭正月」「団子正月」「麦正月」「乞食正月」「奴正月」「灸正月」「とろろ正月」「はったい正月」とも呼ばれます。それぞれの名称は、その地域の習慣や食べ物に由来しています。
骨正月:正月の鰤を骨まで食べ尽くす
京阪神地方では、正月に用いた鰤の骨や頭を野菜、大豆、酒粕と一緒に煮て食べる風習があります。この習慣は、「骨正月」や「頭正月」と呼ばれています。これは、正月の御馳走や餅などを食べ尽くす伝統に基づいています。
鏡開きと二十日正月
もともと鏡開きは、1月20日に行われていました。鏡餅は神様にお供えするお餅として重要ですが、徳川家光の忌日と重なったため、20日を避けて11日に変更されたと言われています。
地方ごとの独自の風習
1月30日には、三十日正月(みそかしょうがつ)という地方もあります。また、近畿以西の地方では、乞食正月(石川県)、棚探し(群馬県)、フセ正月(岐阜県)などと呼んで、正月の御馳走や餅を食べ尽くす風習があります。
骨正月とは
骨正月は、正月の祝い納めの一環として、正月に準備された一尾丸ごとの魚の頭や骨を最後に食べ尽くす習慣から名付けられました。正月には、神事や祭事の供物として縁起の良い魚が欠かせません。これらの魚は「年取魚(としとりざかな)」と呼ばれ、西日本では鰤(ぶり)、東日本では鮭(さけ)が代表的です。鰤は出世魚として、鮭は「栄える」に通じ、どちらも縁起物として重宝されています。
地方ごとの異なる名称
二十日正月は地方によって異なる呼び名があり、「麦正月」「とろろ正月」「団子正月」などとも称されます。これは、正月のごちそうやお供え物を残さずいただくことで、豊かな収穫への感謝と、新たな年の豊作を祈る意味が込められているためです。
新年の幸運を祝う
正月に豪華な食事をするのは、「予祝」という意味合いがあります。これは、期待する良い結果を先に祝うことで、その通りの結果を得ることを願う日本の伝統的な考え方です。二十日正月は、まさに「正月の食べ納め」であり、残ったお正月の食材や餅を感謝の気持ちを込めて食べ尽くす日です。
骨正月の現代的な意味合い
今日では、骨正月は単に伝統行事としてだけでなく、食材を無駄にしない、感謝の心を持つというエコロジカルな面からも重要な意味を持ちます。家族や友人と一緒に集まり、残った食材を使って新たな料理を作り、共に食べることで、新年の始まりを祝うと同時に、食べ物への感謝を表します。
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